井笠鉄道記念館は、岡山県笠岡市山口にある鉄道保存展示施設です。この施設は、かつての井笠鉄道本線の新山駅(にいやまえき)を利用して設置されました。昭和56年(1981年)に設立され、以来、井笠鉄道に関する貴重な資料を保存・展示し続けてきました。地域の足として約60年にわたって親しまれてきた井笠鉄道の歴史と、その功績を後世に伝えるために設けられた施設です。
井笠鉄道記念館の設立は、井笠鉄道の本線が1971年3月31日に廃止されたことに端を発しています。井笠鉄道は、多くの軽便鉄道が廃止される中でも最後まで運行を続けており、その結果、多くの車両が保存されることとなりました。そして、井原笠岡軽便鉄道が創立されてから70周年にあたる1981年、旧新山駅舎を利用して「井笠鉄道記念館」が設置されました。
廃止から30年以上が経過した現在でも、井笠鉄道の車両や設備は極めて良好な状態で保存されています。記念館の管理は、廃線当時の新山駅長であった田中春夫氏が館長として家族とともに行っていました。2002年には産業考古学会による推薦産業遺産に選定され、さらに2009年には田中館長が保存功労賞を受賞しました。
しかし、2012年11月に井笠鉄道がバス事業から撤退し、事業清算手続に入ったことにより、記念館は存続の危機に直面しました。地元からは記念館の存続を望む声が高まり、新山地区自治会が記念館の管理を引き受ける意思を示しました。その結果、笠岡市が記念館の敷地や建物、展示資料を約180万円で購入し、傷みが激しかった部分を修繕して、2014年3月30日に「笠岡市井笠鉄道記念館」としてリニューアルオープンしました。現在、記念館は笠岡市教育委員会が管理し、新山地区自治会との共同運営で運営されています。
井笠鉄道は、大正2年(1913年)に岡山県南西部の笠岡と井原を結ぶ路線(井笠本線)で営業運転を開始しました。昭和15年(1940年)までに、路線は東が矢掛(矢掛支線)、西が広島県の神辺(神辺支線)まで延長され、総延長37kmの県下有数の私鉄となりました。軽便鉄道というレール幅の狭い小型車両を使う鉄道で、その車両は「マッチ箱」と呼ばれ、地元の人々に親しまれていました。
井笠鉄道は、通勤・通学の手段としてだけでなく、沿線で開催される縁日の参拝客や、地域特産品の桃や柿の輸送など、地域の観光や産業の発展にも大きく貢献しました。昭和20年代から30年代にかけては、年間200万人以上の乗降客を運んだ年もありましたが、昭和40年代になると自動車の普及により利用者が減少し、昭和46年(1971年)に本線が廃止され、およそ60年の歴史に幕を下ろしました。
記念館の建物は、大正2年に建てられた旧新山駅の駅舎を利用しています。かつての鉄道敷が県道として利用されるにあたり、駅舎は西に数メートル移動しましたが、建築当時の様子をよく残しています。展示室は、かつての駅の待合室を利用しており、駅務室だった部屋は現在、受付として使用されています。
記念館の展示室には、井笠鉄道の運行に使用されていた部品やレール、閉塞のための装置(タブレットとタブレット閉塞機等)、往時の写真などが展示されています。また、JRの新幹線や在来線、井笠鉄道のレールの重さを体感できるコーナーもあり、訪れる人々に鉄道の歴史と技術を学ぶ場を提供しています。
記念館の屋外には、開業当時に走っていた1号機関車や客車(ホハ1)、大正3年に導入された貨物車(ホワフ1)、鬮場駅にあった車両を反転させるためのターンテーブルが展示されています。特に、1号機関車は大正1年にドイツのアーサーコッペル社で製造されたもので、井笠鉄道が廃線になる際の「さようなら列車」の先頭を走った車両です。
展示品の中でも、特に目を引くのが「タブレットとタブレット閉塞機」です。これは列車の安全運行に必要な装置であり、「閉塞」と呼ばれる状態を作り出すために使われます。「閉塞」とは、列車同士の衝突を防ぐために路線を一定区間で区切り、その区間には一つの列車しか入れないようにする仕組みです。これにより、井笠鉄道の運行が安全に行われていたことが伺えます。
井笠鉄道記念館の敷地は528平方メートルで、木造平屋の旧駅舎が36平方メートルの建物です。記念館内には、約200点の資料が所蔵されています。建物前(東側)を通る岡山県道48号笠岡美星線を拡幅する際に、建物全体がやや西へ移動されましたが、駅舎の建築当時の姿はそのまま保たれています。展示室内には、タブレット閉塞機や往時の写真、切符、沿線観光を織り込んだ路線図などが展示されています。
笠岡市に移管された後、記念館では入館者に井笠鉄道の歴史と展示物を解説したパンフレットを配布しています。また、記念スタンプも設置されており、訪れる人々にとって記念になるサービスが提供されています。駅舎の北側には、旧車両が3両静態保存されており、これらの展示も訪れる人々に大変人気があります。